だが、落ち込む彼女に今聞くような内容でもない。そう言い聞かせ、大きく息を吸って、肩の力を抜いてみる。
そんなツバサに里奈は少し目を丸くし、やがて小さく口元を緩めた。
「でも… ありがとね」
「え?」
「ツバサがいなかったら、どうなってたか」
笑っているのは、ツバサに対してか? それとも、自分に対してか?
「結局私、泣いてることしかできなかったし。ツバサがいなかったら、美鶴、死ん――」
その先の言葉、里奈の口の中で霧散する。
ありがとね
胸が苦しい。
礼なんて言われるようなコト、なんにもしてない。結局は、シロちゃん宛の手紙を盗み見しただけなんだし。
嫌な自分。
やっぱり、月が出てなくて良かった。今の私、どんな顔してんだろ?
「その親切な人って、誰?」
「え?」
突然話題が変わって、戸惑う里奈。
「え? 何?」
「中学受験の説明会だっけ? この施設に出入りしてた親切な人って誰のこと? 今もここに来てる?」
その言葉に、里奈は瞳を泳がせる。
暗闇へ視線を移し、少し虚ろに口を開く。
「もういないよ」
「ここで暮らしてたの?」
「違うと思う」
「ボランティアの人?」
「そうだったみたい」
「辞めちゃったのかな?」
「よくわかんない。ここに飛び込んだ時、安績さんに聞いたんだけど、もう来ないよとしか教えてくれなかったの」
この施設で子供の世話をする女性の安績。施設で暮らすようになってからも何度か尋ねたが、やんわりと話題を逸らされてしまう。
「残念だね」
「う… ん」
言葉を濁す里奈。
「何? 会いたかったんじゃないの?」
「あ、うん、会いたかったけど」
さらに言い澱む。
聞いてはマズいのだろうか? しつこいのは良くないぞ。
そんなことわかってる。わかってるのに、ツバサは言葉を止めることができない。
もっと知りたい。知っておきたい。シロちゃんのことを知っておきたい。
コウと付き合っていた女の子の事を―――
「会いたかったけど?」
「うーん、会いたいって言うより」
「何?」
「もっといろいろ聞きたかった」
「何を? この施設の事?」
「ううん。唐渓の事」
ツバサは首を傾げる。
自分は唐渓の生徒だ。自分では教えてあげられないような事でもあるのだろうか?
言葉を失うツバサに、里奈は笑った。
「ちょっと気になる人だったの。唐渓受験したくないって、思わせてくれた人だから」
「へ? へぇ そうなんだ」
唐渓を、受験したくない?
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